cues派遣員のあれこれ

暇ならcues派遣員のあれこれみてってよ

ついでに外国人からみた日本人についてもみてってよ。

カナダ超楽しい!帰りたくない!

 

はい。というわけで1か月という長い期間を経て無事前回のフリを回収したわけですが。ほんとはね、1週間後に回収する予定だったんですよ。

 

でも最近忙しかったんですねこれが。引っ越しとか、旅行の計画とかしていたらあっという間に1か月がたっていて・・・

 

それと、そんな1週間ごとにここに書くような大きな発見をすると思ったら大間違いだから!ふざけるな!甘く見るな!

 

取り乱しました。

 

まあ、なにか共有したいことがあったときにちゃちゃっと書いて、チラッと見ていただければと思います。

 

さて、つい先日の話をしたいと思います。

 

こっちでも冬が深まって、その日は朝起きてもまだ日は上がっておらず、薄暗い空の下をいつ来るかもわからないような気まぐれバスを待つために、トコトコと雪道をバス停まで歩いていきました。

 

寒さで顔が引きつっているように痛みます。

こんな寒さを耐えているんだから、小顔になるみたいな美容効果でもないと折り合いが付きませんよ。

 

学校に着いて、午前中の授業をいつも通りに過ごすと、ランチタイムで、おっと危ない危ない。「お昼休憩」でメキシコのデュエリスト、ブルーノとの話題が「日本人」になりました。

 

彼はなぜデュエリストなのか。それは彼が遊戯王をしているからです。

 

そんな彼がこんなことを言い出しました。

 

「日本人ってちょっと変わってるよね。どうしてそうなのか聞いてもみんな「文化」だっていうし」

 

あぁ、デュエリストブルーノよ。

 

遊戯王をカナダにまで持ってきて、日々デュエルの相手を人斬り抜刀斎のような目で探し回り、遊戯王の布教に余念がないようなメキシコ人に言われても説得力のかけらもないよ。

 

君はおそらく、学校中のデュエリストを一掃し、カナダデュエリスト界隈で「メキシコ人のとんでもないデュエリストが来た」と言わしめ、闇の辻斬りデュエリストとして、数々のカナダ人の精神を粉々にしているに違いない。

 

とそんなことを思ったのですが、いやよく考えてみれば日本人って外国からみたらどんな人なんだろう。って疑問に思ったのです。

 

典型的な日本人を想像すれば

「シャイ」「礼儀正しい」「真面目」「努力家」「きれい好き」

などといろいろ思いつくことは多いと思います。

  

でも僕は、外国人は日本人を不思議な人たちだと思っているのではないかなと思います。

 

これは僕の個人的な意見ですが

 

日本人が当然と思うようなことを外国人が理解し難いという場面は多く見受けられます

 

でも、外国人がするようなことを僕たち日本人が理解し難い。という場面に遭遇することはあまりないんじゃないでしょうか。

 

闇のデュエリストブルーノもそうですが、僕の通っている学校でも日本人独特な習慣文化態度なんかを「なぜ?」と質問をしてくる外国人も多くいます。

 

そんなとき、だいたい日本人って「なぜって言われても・・・」みたいな反応なんですよね。だから余計外国人も理解できないし、余計「不思議」と思われてしまう。

 

そんな無意識にしていること。深層心理に深く根付いているとでもいうのでしょうか

僕たち日本人の独特な考え方や習慣を今日は考えていきたいと思います。

 

実はこの独特な考え方、習慣、文化は神道がルーツという説があります。

 

神道といえば、ぱっと思い浮かぶのは神社ですよね。

 

そもそも今時、神道を信仰しているっていう人もなかなか見ないと思いますが、そもそも神道っていうのははっきりとした聖書やコーランみたいな教典がないんだそうで、宗教としてしっかりと確立されたものなのかどうかも曖昧な話なんだそうです。

 

それでも、日本人が受け継いできた文化や考え方は「神道」から来たものといわれているものがあるんです。

 

例えば、「日本人はよく働く」といわれますが、耕作の時代日本人は「労働」が神への奉仕だという考え方があったそうです。苦役だからこそ、神への奉仕になる。ということです。

 

だから、神のためにしっかりと働く。その報酬として穀物や、いろんな恩恵をいただくという考えなんですね。

 

西洋ではキリスト教の考え方からか、労働はただの苦行でしかないという考え方なんだそうです。

 

 そんな考え方が、知らぬ間にあたりまえになり、宗教の関係がないところまで深く根付いていったのではないかということです。

 

また、日本人は「おおらか」な性格といわれます。悪く言えば適当ということです。

 

八百万の神というのは皆さんも知っていると思いますが、古くから日本にはたくさんの神様がいます。また、祈るときもほかの宗教のように一つの神様に祈るわけではなく、それぞれがそれぞれの神様に祈ります。

 

漁師は漁師の神がいて、火消しには火消しの神がいた。農作には農作の神がいて、恋愛には恋愛の神がいるんです。

 

でも、恋愛成就の願いを学業の神様に祈ったってかまわない。

 

それは、願うことが大事なんだという概念があったからなんだそうです。

 

宗教として、神について考えるときでさえ日本人はおおらかというか適当というか。

   

そんな適当な民族だからこそ、今ではクリスマスを祝い、正月で初詣に行って、神社で受験の祈願をしたと思えばハロウィンまで取り入れて結婚式は教会で、かと思えば死んだときは南無阿弥陀なんです。

 

北欧のどこかは忘れましたが、とある北欧の国にキリスト教を学びに行ったお坊さんが現地で「ここでそんなことをしたら殺されても文句は言えないよ。」といわれた。という話しを聞いたことがあります。

 

仏教徒キリスト教を学ぶなんて、宗教戦争の絶えなかった欧州では考えられなかったのかもしれません。

 

僕の友人のホームステイ先はキリスト教に改宗した日本人なんですが、家に行ってみたら仏壇があって驚きました。

 

そんな日本人のおおらかさ、適当さ、多様性を受け入れられる心が他国にとっては「不思議」に移るのかもしれません。

 
また、文化でいえば僕たち日本人を含むアジア人は「言葉」にとても敏感な民族だともいえます。
 


おせちの4番目の段を四ではなく与と数えたり、願掛けとしてダジャレみたいなお節料理がならんだりと昔の日本人は「言霊」を強く信じていました。これも、神道に通ずるものがあるそうです。
 
よく
 
「そんなことを言ったら本当に起こるかもしれないだろ」
 
とか
 
「縁起でもないこと言うな」
 
とか聞きますし、やはり言葉にも願いを込めることが大事だったのかもしれません。だからこそ日本人は「ありがとう」「ごめんね」をたくさん使う民族だといわれてるのかもしれませんね。
 
カナダ人もよく「ありがとう」「ごめんね」というひとたちですが、ほかの外国の人からすると「言いすぎだろ」と思われているようです。
 
韓国の例を挙げれば、韓国人が親しい友達に何か物を借りるとき、なにも言わずに借りるのが仲のいい印のようです。逆に「借りていい?」と聞いたり「ありがとう」などとお礼を言うとそれは「あれ。本当に仲良いと思ってくれているのかな?」と思ってしまうそうです。
 
これも日本人特有の「親しき中にも礼儀あり」という考え方ですが、似ているといわれるアジアの文化でもこんなに違うものがあるのは面白いですよね。

 

上で説明した3つ以外の事も神道に通ずるものがあるんでしょうし、逆に日本人が自然と生んできた文化が神道を作り上げたともいえると思います。

 

それでも、ほぼすべての日本人が共通の文化や習慣を無意識のうちにあたりまえと思っているのだから、日本人が一番信仰心が強いといえるだろう。という意見もあるみたいで、面白いですね。

 

また、よく聞くのが日本人は「シャイ」ということ。

 

これは全くその通りだと思います

 

たまに「私は日本人だけど、みんなから中身は日本人じゃないね!って言われるの」

とかいうちょっとよくわからないことを口にする人がいますが

 

実際にクラスが一緒になった日本人(僕も含めてですが)のほとんどは発言に関してはほかの国に比べて少ないです。

 

多い国でいえば、ブラジル、トルコ、ドイツなんかはすごいです。

 

日本人がシャイだといわれるのはもちろん高度経済成長期のなごりで正解しか受け付けない指示通り動く人間をつくるための教育のせいでもあると思いますが

 

日本人特有の人の目を気にしたり、気を使いすぎることが関係しているのではないでしょうか。

 

日本と外国では「恐怖」の対象が違うという説があります。

 

これが人の目を気にしたり、気を使いすぎることに関係しているのではないかなと、僕は思っています。

 

外国はほとんどが大陸国家で、今の島国でも移民が発祥という国が多いと思います。

そんな歴史を見れば国同士の戦争は絶えず、領土争いや食料争い、宗教戦争などたくさんの大きな戦争が起きています。

 

それゆえ彼らの恐怖の対象は「強い力を持った他者」にあるそうです。

 

たいして日本は、島国ということもあって、他国からの侵攻も少なく争いといえば身内がほとんどでした。そのため恐怖の対象は「強い念を持つような身内」にあるそうです。

 

もともと倭の国といわれていた日本は、元の字を「和」というのではないかという説があります。

 

和という字のように平和を強く意識していたこともあり、相手の様子をうかがってしまうということです。

 

日本の皇室が世界最古の王朝だと言われているように、日本は平和を守るために日々身内に恐怖を感じていたのかもしれません。

 

だからこそ僕たち日本人は人の目を気にするし、相手がどう思っているのかが気になってしまう民族なのかもしれませんね。

 

そんなことを理解したうえで接してくるような外国人なんていませんから、日本人のそういった態度や言動、文化を見て「不思議」と思うのも無理はないですよね。

 

 

このように日本は本当に、世界を見ても有数の独特かつ歴史の長い文化を持っている国だと思います。

 

グローバル化が進み、移民や他国からの移住者が増えると文崩が崩壊しかけてしてしまうようなこともあるようですね。

 

この先、日本が国際社会という大海原でどうかじを取っていくのか僕たちも目を光らせて見守らなければいけません。

 

日本人は、一番外国に移住しにくい民族ということも聞きますし、

 

この先どう他国とコミュニケーションをとっていくのか、どうビジネスをしていくのかということを考えるとき、一番最初に自分たちはどう思われているのか、どういった民族なのかということを考えることはとても重要なことだと思います

 

なんせ僕たちは世界でも有数の不思議な民族なんですから。

 

他人を理解し、他人に理解してもらうには、まず自分を理解する。

 

どこかの偉い哲学者がこんな言葉を残し

 

てはいませんが、これはとても大事だと思います。

 

カナダでは今日もどこかで闇のデュエリストに敗れた嘆きの声が聞こえます。 

 

それでは、また~

 

たぶん次もすぐに更新すると思います。あはは。

 

 

国際社会をまたにかける海賊団船長 派遣員くま